バスタイムのエイリアンズ


IMG_6213

 私の生活は非常に単調なものだ。
 ややもすると、無音の中で自分の衣摺れと、猫がゆっくりと側を通る気配しかしないのだ。カラフェからグラスに水を注いでひと思いに飲み干しても、くうを、見つめてしまう。
 夜は静かだ。テレビを持っていないので、煩い音もしないかわりに、閑話休題的な展開も、一切無い。AMをつけても午前中のラジオのような存在感のない会話もこの時間にはない。終わりかけの野球中継や気取ったDJの空回りの自己陶酔には付き合いきれないのだ。
 自分の生活は自分で描くしかないのだ。たとえそれが、無彩色の水彩画であってもだ。
 バスタブの角にふたつ、キャンドルを置いているが、あえてひとつだけ火をつける。ふたつでは明る過ぎるからだ。ガラスの大きなキャニスターにたっぷり入れてある岩塩を軽くふたつかみ湯に放り込む。岩塩には既に、ヴェティヴァーとサンダルウッドと少量のダマスクスローズの精油が混ぜてある。小さな白いフェイスタオルとiPhoneをデッキに置いて深く浸かる。1分ほどそうして目を閉じてみる。おもむろにyoutubeでキリンジのビルボード東京で演ったエイリアンズを再生する。
 湿って、揺れているボーカルの男のファルセットは、優しく立ち昇る湯気とキャンドルの揺れる灯と直接的にぴったりと面で接してゆく。立てた膝の濡れた皮膚が水面に浮かび、鈍く灯を受けている。まるで夕方に降った雨に濡れた牛皮のようで、ハッとしてしまう。静かに呼吸をしていると、ローズの香りの先端に辿り着く。ようやく触れた薔薇の香りの蔓の先に、官能的な声が絡みついて頭の深いところが痺れてしまう。何度も何度も同じ声を求めてしまう。