パール・バックの『大地』


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 母親が女学生のころ、夢中になって読みふけった大河小説。高校生か大学生のころ母親からもらって、私も夢中になった。先日帰省した折にふとまた読みたくなって、読んでいる。二段組で文字も小さくページ数も多いが、秋の夜長の良き友となっている。

 しかしどういうわけか、今回はこんな描写ばかりに目が行く。その挙句に、冬のタケノコやたっぷり太った椎茸、木から落ちた実のかたちの良い種を乾燥させた旬の銀杏、豚肉、海老などを買い込んで鍋いっぱいにうま煮を作り上げてしまった。

* * *


 農夫の王龍は、ある春の日、町にある黄家の屋敷で働く奴隷女を嫁にもらうことになった。花むこ自ら、黄家へ女を迎えに行く日から物語がはじまる。

 彼は市場へ寄って、豚肉を百五十匁ほど買い、肉屋が乾いた蓮の葉でそれを包むのを見守っていたが、やがてちょっとためらいながら牛肉を五十匁ばかり買った。葉っぱの上でゼリーのように震えている豆腐まで買いととのえた。

「豚肉と牛肉と魚だ。これを七人で食うだ。料理はできるだか?」
「わたしは黄家に買われたときからずっと台所働きをしていた。あそこでは食事のたびに肉を料理しますだよ」
王龍はうなずいて、彼女を台所に残したまま、客がくるまで行かなかった。
客らは、このりっぱなごちそうを夢中になって口も聞かずに食べた。
ひとりは魚にかかっている茶色いたれをほめ、ひとりは豚肉の料理をほめた。
彼女はこれだけの材料に、砂糖と酢と少量の酒としょうゆをまぜて、じょうずに肉の持ち味を十分に発揮させたのである。
王龍の妻になった女は阿藍といった。

 すぐに男の子どもが生まれた。

 女の大きな褐色の胸からは、赤ん坊のための乳が雪のように純白の乳がいきよいよくほとばしった。赤ん坊が片方の乳房を吸っていると、片方の乳房からは泉のように乳が流れ出た。彼女はそれを流れ出るままにしていた。時おり、着物を汚さぬために、地面にしぼり出した。乳は土にしみ込んで、やわらかい、黒い、豊かなしみを地面につくり出した。

 その正月、王龍は町へ行き、豚脂と白砂糖を買ってきた。
阿藍はその豚脂をねって白くしてから米の粉とまぜ合わせ、それに砂糖を加えて、りっぱな新年の菓子をつくった。これが月餅という菓子で、黄家のような富裕な家でなければ食べないものである。阿藍はその菓子の上に小さな赤や山はぜの実や緑色の干しぶどうをあしらって、花だの、いろいろな模様をつくった。いつでも蒸せるように、菓子が一片ずつテーブルの上に並べてあるのを見て、王龍は胸がはちきれるほど得意になった。

 やがて富を得た王龍は妾を取ることになった。

 彼は豚肉と牛肉と鮭とタケノコと栗を買い、吸物にするために南から来た燕巣とほした鱶のひれと、それから彼が知っているかぎりの菓子を買って、町の通りのどんつきにある花楼から来る蓮華という女を待った。

 王龍の富は次第に盤石となり、没落した黄家の屋敷を買い取り、そこに一家で住まうことになった。

 その頃になると王龍は、ぜいたくな食べものばかり食べたがった。むかしの彼は、にんにくの茎で巻いたパンでけっこう満足していたのであるが、いまは朝もおそくまで眠り、野良仕事をしないので、ありきたりのごちそうでは容易によろこばなかった。冬のタケノコ、小エビの卵、南国の魚、北海の貝、鳩の卵など、富裕の人たちが、おとろえた食欲を増進させるために食べるものを食べた。