原宿ぎらい


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 身体に鎖を巻き付けた女の子みたいな男の子と、ネオンカラーの前髪に綺麗な色の口紅を塗った男の子みたいな女の子のための町だった、原宿。神宮前は既視感に溢れて詰まらないを通り越して苦痛になる。表参道のブランドショップの佇まいもひどいものがある。同じ東京の、けやき坂などとは比べ物にもならない。青山と呼んだとしても、どうにも救いがたく。

 私は月に2回、夫が原宿で散髪をするのに付き合う。渋谷ランプで降りて、青学の横を抜けて青山通りに出て表参道の交差点を左折して原宿のラフォーレ交差点で夫を降ろす。彼は交差点を渡り、所謂「フォンテーヌ通り」にあるサロンへ向かう。

 私は大抵、京セラビル付近の明治通りのどこかの駐車場に車を入れて、その辺をふらふらする。目黒に住んでいた頃は、感じなかったが、郊外へ引っ越してからこの時間が非常に苦痛になってきた。原宿、神宮前、表参道、青山に行きたい場所が一つもないからだ。性格上、目的が無いことがまず耐え難く、そしてくだらないことが大嫌いだ。そんな人間が表参道をフラフラできるはずもなく、特に消耗品の買い足しなど何の目的もなかった今日は息が苦しくなるような心地がし、逃げるように山手線の線路をくぐって渋谷方面へ向かった。
 渋谷の匿名性の中に居た方がよほど良かった。

 原宿から渋谷までの明治通りも、線路側、つまり原宿を背にして右側の歩道のほうがいくぶん精神的にましなのだ。反対側の歩道は表参道のブロックに接しているのでその分だけ嫌味な圧力がある。

 ガードを抜けてファイヤー通りを渡り、渋谷駅の方へ歩いていた。蔦屋へゆけば好きな映画のことを考えることに集中できるし、CDコーナーだってあるし。と考えていたが、公園通りを渡る少し手前で身体がそれ以上駅に近づくことを拒絶した。仕方なくガードレールに腰をもたれさせ、何も考えず、心が何を求めているのかを感じることに集中した。心はとにかく人混みを避けたいというふうな感じだったので、仕方なく右に折れて神南の中へ入っていった。確かに人は少なかった。トーアの店先にはネオンカラーの化繊が幾つも立てかけてある。視線を上げるとフライデーズがあり、一瞬原宿を思いださせた。頭の中でカチンと小さな音が鳴る。避けるようにすぐ左へ降りてゆけば公園通りに出るはずだ。そうだ。パルコの地下の本屋へ行けば、どれくらいかましだ。と少し心が晴れたところでGAPのビルが目に入ってきて、私の心は釘付けになった。

 GAPというフレイズのシンプルさ、極めて細い、あの有名なフォントの美しさ、それを強調するように配置したGとAとTのあいだの間。紺の青の濃さ、清潔さ、ストレートな表現にくらっときた。私はGAPの洋服を着ないが、GAPが世界的なブランドになり得たことを、ごく当然のように思った。それくらいこの3文字は良かった。しばらく呆然としてビルを見つめていた。ちょうど公園通りは車の通りもまばらだったから、渡って近くで見たあと、戻って引きで見物したりした。

 心ゆくまでGAPを見て、そのままパルコへ向かうと様子がおかしい。
 パルコはなくなっていた。スペイン坂の上でしばらく呆然とした。坂を下る勇気は当然なまでに持ち合わせていない。

 こうなったらもう、NHKを抜けて原宿駅へ抜けるしかなかった。それが今の私には一番いいはずだ。原宿駅へつく頃には夫の散髪も終わり、ちょうど良く合流できる。そんな風に思った。勤労福祉会館でトイレを借りた。クリーム色のタイルにクリーム色のタンク。隅っこに可愛い女の子の絵のグラフティー。”cheer up”と書き添えてある。

 幸い今日は暖かい。

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