春の蛇


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 春です。
 私が錆色の蛇のようにとぐろを巻きながら人をつかまえてはくだを巻いていた季節を過ぎたら空と海には桜が舞っていた。Kindleに齧りついて夢枕獏の空海や梁石日や開高健のアパッチ族を読み耽っていた。私の目は怪しく光り、頁を繰るときだけ人差し指を画面にかざして、決して何も肯定しようとはしなかった。木の芽どきにはその目は一層光り、鱗を逆立てて、それを擦り合わせ不気味な音を立てたかと思えば、尻尾をはげしく前後に動かして、ガラガラヘビのふりをした。小沢健二の新譜もいつからか聴かなくなっていた。木の芽はとっくに過ぎ、いくつかの花の季節も経た。蛇が結婚式で持ったマグノリアも終わって菫が咲いて、桜が散りはじめてやっと、この錆色の蛇はにょろにょろと、青いレンズのメガネをかけて視力矯正をして慎重に路地へ出てきたのだった。
 蛇には仕事があった。阪急うめだのイベントだ。冬眠中の蛇は尾っぽを器用に操りMacで展示物をデザインしたり、カッターで封を切ったり、伊万里の古い器を並べた。設営が済むと、トム・フォードのヌードディップで囲んだ目の周りは真っ青になっていたが、完全に冬眠が明けていた。蛇はザラザラと音を立ててバイヤーのねえさん方たちと阪急うめだから新梅田食堂街へ移動し、尾っぽでレンゲを握って新喜楽の鴨鍋の汁を啜った。また胴に下げたルイヴィトンの鞄から尾っぽの先でやまつ辻田の粉山椒をつまみ出し器用にその封を切って「追い山椒」をしたのだった。蛇はナビオの駐車場までザラザラと音を立てて移動し、900円の駐車料金を払った。身体を滑り込ませるように運転席について尾っぽを巻きつけるようにギアをドライブに入れ、ハンドルを握って御堂筋を北へ爆走しだした。信号待ちで尾っぽを器用に操りiPhoneで岡村靖幸のsuper girlに合わせた。カーステレオから水色の澄んだイントロがこぼれだした。蛇は歌った。
 春から夏にかけての蛇には注意だ。