苺の季節


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さちのか
さがのか
ゆめのか

まりひめ
さぬきひめ
さくらももいちご

あまおう
あまみつ…

 今年私をたのしませてくれた苺の名前だ。苺を買う時は、必ず2パック違う銘柄で買って味の違いを楽しんだ。同じ銘柄でも作り手や産地で味が変る。ひとつのお店では満足できなくなり、色々な店に出向いた。関東とはまた違う苺が楽しめる。

 先日近所の銭湯の露天風呂で空を見ていた。今年は「徳島公方のさちのか」と静岡の生産者が作るという「あまみつ」というのが特別美味しかったなと、考えていた。口の中に濃厚な香りと舌下が捻れるような強い甘みが蘇った。それと同時に、二度と買うことが無かった銘柄を思った。どの苺だって私に春の夢を見せてくれて、香りを運んでくれた。優劣をつけて申し訳なかったと、思った。

 『ローマの休日』のラストシーンがふと頭をよぎった。王女は記者会見で欧州訪問の感想を述べている。公的な立場の彼女は特定の国を褒めたりしてはならない。けれど”Rome”と言ってしまう。

 お湯に浸かって空を見る私のイマジネーションの展開は速い。『ノッティングヒルの恋人』のラストシーン。このシーンは『ローマの休日』のくだんのシーンをベースに敷いていると言われている。ノッティングヒルにある青い本屋のタッカー(ヒュー・グラント)とアメリカ人女優のアナ(ジュリア・ロバーツ)は恋に落ちたが、誤解があり酷い喧嘩をした。そのままアナがアメリカに帰る日が来る。身分の違いから自分の愛を直視できなかったタッカーだが、仲間たちにばかだのとんまだのと罵られるうちに、自分は彼女を深く愛していたことに気づく。アナがリッツで帰国の記者会見をしていると知ると、友人マックスの愛車プジョー406ブレークはボンドカーの如く火を噴いた。

 タッカーが会場に着くと会見は終わりかけていた。ある記者がした「いつまでイギリスに滞在するか?」という質問に「今日これからアメリカに帰る」と答えるアナ。そこでタッカーは『馬と猟犬』の記者に扮して、恐る恐る「友人のタッカーが許しを請いたいと言っている」と語る…アナは自分の愛の証明として、先の記者に同じ質問をさせる。そしてタッカーを見つめながら…”Indefinitely.” と答えると、帰国の記者会見は結婚記者会見の様相を呈するのだった…

 鼻がツンとしたかと思うと、火照った頬に流れた涙に冷たい風があたっていた。苺のことを考えていたのに、さすがにばかばかしくなった私は首を傾げながら露天風呂を後にしたのだった。

 後日、マクドナルドで夫とチーズバーガーをかじっていた時。「お風呂で空を見ながら苺のことを考えていたら、知らぬ間に泣けていたの」とノッティングヒルの恋人の下りまでを話した。夫は「ばかばかしいね」と一蹴したが、目が充血して潤んでいた。彼もアナの “Indefinitely.” にやられたようだった。