95年の映画『Before Sunrise』(94年の夏)


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 泣きながら渋谷のTSUTAYAで『ビフォア・サンライズ』のDVDを買って、週末を一緒に過ごしてアメリカへ行ってしまった彼のマンションのポストに入れた。もう再び会うことは出来ないと思ったからだ。あの時渡ったスクランブル交差点の真上の空の色を今でもはっきり覚えている。『ビフォア・サンライズ』を送った私に彼は『エターナル・サンシャイン』を返した。その彼はやがて夫となり、私たちは子どもも出来ないまま倦怠状態に入り、仕事の都合で物理的にすれ違いが多く、ケンカをするにもFaceTime越しという状況になった。もちろんケンカをしているつもりなのは私だけ。結構可愛かった私も、早くも劣化しはじめ、3ミリのポリープだって出来て、自分だって嫌だけど、自分を綺麗だとは思わない。

 『ビフォア・サンライズ』は、列車で知り合ったふたりの夜明けまでの数時間、つまりジェシー(イーサン・ホーク)がウィーンからアメリカに経つまでの数時間を描いた映画だ。これには『ビフォア・サンセット』という続編があって、9年後にパリで再会し、ジェシーがパリからアメリカに経つまでの数十分が描かれていて、これは公開されてすぐ観た。

 実は、さらに『ビフォア・サンセット』にも『ビフォア・ミッドナイト』という続編があることを昨夜知った。更に9年が経ち、ふたりは双子の女の子を授かっていた。早速『ビフォア・ミッドナイト』を観たら、『ビフォア・サンライズ』が観たくなり、当然『ビフォア・サンセット』が観たくなり、さらにもう一度『ビフォア・ミッドナイト』が観たくなり、そんな夜を明かした。





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まずは主にイーサン・ホークについて





 やはりジュリー・デルピーの力が大きい。
 ウディ・アレンのような一見知的だがその実かなりトンチンカンなダイアローグ。しかも早口。しかも政治的で悲観的。そしてトンチンカン。(わたしはこの手のものが全く嫌いじゃないわけで、この人の『パリ、恋人たちの2日間』もかなりキョーレツで、ビフォア・サンセットに一瞬出てくるジュリー・デルピーの実の両親がガッツリ出てきて変なことを言いまくるシーンなどかなり面白い。)

 イーサン・ホークは”カーペディエムのやつ”、つまり『いまを生きる』を観てからなんか他人と思えない感覚がある。『ビフォア・サンライズ』を初めて観た時は隣に座ってうっとりしてたけど、いまこの映画を見ると、ちょっと自分がこの男子の「母親的な」見方をしていると感じる。ちょっと弱い、印象があるからだろうね。『ブルーに生まれついて』も弱くてかなり良かった。菊地成孔が粋な夜電波で「ヤングアダルト世代の監督と、イーサン・ホークは正しく病んでおり、熱心にラッパの練習をし、真面目にチェット・ベイカーを演じてみせたが、チェット・ベイカーの持つ甘い毒のような悪魔性を全く表現できなかった。単6度キーの低いMy funny valentineの歌声からもそれはすっかりわかってしまう」と言っていたが、私はイーサン・ホークを何故か他人と思えない人なので、この映画もすごく好感を持って観た。でも言われて見れば、イーサン・ホークは全然悪魔的じゃない。むしろクリーンでいることしかできない弱さの印象を与える。そこに私の謎の母性がまた反応したわけだ。

(上記、菊地成孔の話を鵜呑みにして、更に勝手に自分でイーサン・ホークを予断して書いていたが、Ethan Hawkeをフリー検索していてこんな記事を見つけた。やはりだいたいそういう感じだった。『ブルーに生まれついて(原題:Born to Be Blue)』のプロモーションでのインタビュー。Drugs don’t unlock one’s creative potential, they just deal with anxiety, Ethan Hawke said while promoting his latest film, Born to Be Blue, at the Toronto International Film Festival. <中略>“I don’t believe that the drugs helped Chet Baker play,” said Hawke. “I believe that he believed it. There’s another path to get there. Dizzy Gillespie was a family man and had a huge career and played without any drugs.” もちろんそうかもしれないけどさ。それはちょっとプロモーションとしてクリーンすぎじゃないだろうか。ドラッグという観点でガレスピーを比較に出すなよと言いたい。音楽自体を比較してほしい。しかも民主党支持公表者。まあそれは自由なんだけれどもね。)

すぐヤフオクで『ブルーに生まれついて(原題:Born to Be Blue)』パンフを1200円で落札し、勢いよく読み出したが、村上春樹の序文は持っている本からの引用だったし、菊地さんの解説は事前にラジオで聴いちゃってるし、大谷能生の解説に1200円払ったような感じだった。あ、むろんイーサン・ホーク本人のインタビューも載っていたが、海外俳優のインタビューにありがちなとっちらかった感じだった。驚いたことに彼はジャズが結構好きなんだと。ま、それでも無性に『リアリティー・バイツ』が観たくなっちゃっているけどね。むろん『ガタカ』だって観るしね。(後記:観ました。ウィノナ・ライダーかわいすぎです。あとジュード・ロウはいつも本物です。)





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続いて3本の映画について。
映画の説明はしていない。鑑賞した人向けの内容になっている。





Before Midnight





 素晴らしい夜に、と貰った赤ワインが目の前にある。

 遠回しに、未来のことを全て刈り込むような会話だ。本心じゃないとは言わないけれど、いずれ本心になるかもしれない可能性の種を、見つけ出してうまく転がして実が熟したところを右手でもぎ取って、握り潰して床に投げてみせるような。もうそこら中、赤や黄色の実が潰れて飛沫が飛び散っている。けど不思議と不快な香りを発していない。

 相手の心の真ん中をつくような、棘のある言葉だ。けれどポキっと折れるような棘じゃない。その棘は伸び縮みするというか、不思議な温度がある。

 何度も部屋を出て行けるのは、二度と戻れないと思っていないから。安心感を壊すことで生まれる、高まり。別れたいんじゃない。愛されたいんじゃない。愛している時間を延ばしたいだけだ。時間は伸び縮みしない。けれど不思議だ。私を取り巻く時間は、緩やかなゴムのように伸びたり急に縮んだりするのだ。

 セリーヌが今日の私は美しいか?と聞くとき、ジェシーは94年の夏、04年の夏のセリーヌを重ね合わせて昔よりずっと美しいと言う。セリーヌはなぜかそれでは満足できない。私と一緒だ。ジェシーはある意味で94年の夏の夜だけで完結している。男の人は、たった数時間の思い出のような一夜で一生女性を愛せるのか?

 『ビフォア・ミッドナイト』には帰りの便はない。その代りふたりは裸になって94年の夏にタイムスリップしようという話で映画が終わる。衣服は時空を超えられないのだ。

 男女関係は時間がたつにつれて重苦しくなってくる。頭で考えてもしょうがない。軽い気持ちでいれば、風が吹いてふいっと持ち上がった寝癖のような気持ちの先端から、簡単にあの日に帰ることができるのかもしれない。





Before Sunrise



 グリースヘアのイーサン・ホークは記憶よりずっと馬鹿っぽかった。
 立て続けに重なり合うダイアローグに耳を塞がれて、感覚が研ぎ澄まされる。
 唇の香り。革のジャケットの香り、向き合うたびに擦れ合う革の音。髪の毛の香り、しっとりした指ざわり。草の香り、ひんやする背中。何よりもそのときの快感。腰掛けた噴水の、手に残った石の硬さの跡。
 赤ワインの香り、渋く酸っぱい唾液の味。腕や背中に軽く触れる指先の丸い感触、頬に触れたときの掌の匂い。一人乗る列車、背中だけが感じる機械的な振動、触れた窓ガラスの冷たさ。




Before Sunset



『ビフォア・サンライズ』は約束通り朝別れ、ジェシーが空港へ向かいお互い別れるシーンで終わっている。対し『ビフォア・サンセット』はこういう会話でぷっつり切れる。

「ベイビー 飛行機に乗り遅れるわよ」
「分かってる (I know.)」

なんて完璧な映画のエンディング。
踊るセリーヌが暗転してゆくリズムの中に、代わってゆっくりとニーナ・シモンの声がフェイドインしてくる間が完璧。縦長のフォントの間も完璧。

…といってもそう思ったのは実は続編を観た後の昨夜のこと。最初観た時には、このエンディングには色々な解釈があるだろうと思っていた。大人だからお金もあるし、次の便で帰るかもしれない。といったことを。むしろパリに残る選択肢なんてあるだろうかと。(まさにキリンジの『愛のcoda』の世界的な。)そんなことを考えてニーナ・シモンのフェイドインを味わう余韻はなかった。

けど、色々な解釈なんていらなかった、望むようにすればよかっただけのこと。
その先がわかっているから、安心しきって、このエンドロールに浸ることができる。

三作をループのように鑑賞して、このループにエンドがあるならここがいいなと思った。

ああ、やっぱり私は駄目な女性の典型なのかもしれない。けれど、いい女って一体なんだろう。





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